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クニアキンさんの公開日記

2017年
03月12日
16:44

小学生の時に父に連れられて麻機の東側の山(上左の地図参照。南端に今はこども病院がある。当時は漆山荘という結核療養所があった。)に行き、肥付石と鈴石を見た遠い記憶があります。

肥付石はweb上でもかなり紹介されていて、場所も確実に分る(上中央の地図の①の場所)ので、何の問題もなくだとり着くことができました。
私が小学生の時には、山の先端が平地に出っ張って数メートル高くなった茶畑の先端にありました。今のよりも一回り大きい半球形で、色は少し赤茶けていたような記憶があります。帰りに振り返ると、少し行った先からも見えました。麻機沼の船を繋ぎとめる漕ぎ着け石が肥付石になったのかも知れない、などと父が言っていました。

一方、鈴石の方は、webで調べても、肥付石の道をそのまま北に向かい、右手の山に向かう農道を登ったところ、というだけで、それ以上は分りません。
とにかく200 m ほど先で右手の農道に入り、登っていきました。上中央の地図の②の場所あたりで、向こうから散歩して来られたご夫婦に伺ったところ、来すぎているとのことで、一緒に戻って教えていただきました。地図の③の場所で、農道のカーブのすぐ外側にありました。下から上って来ると農道の左側です。何となく農道より高い方のような思い込みがあって右側に目が向いていたこと、農道よりかなり低く、石を上から見下ろす恰好になっていること、などのために気付かなかったようです。農道の法面に階段がついていて、降りて巨岩の反対側に回ると穴が見えます(右写真)。覗くと中にもう一つ穴があいていました。
小学生の時は、穴にたくさん枯葉などが詰まっていたような記憶があります。今は裏手の農道側に向かって小さな木製墨書の立札があり、

鈴石
高さ六m 巾四m
二つの穴に賽銭を入れると七日七夜、鈴の音が響いていた所から、鈴石天神と呼ぶようになったと言う。
現在天神様は、東の日賀美神社に移されている。

と、あります。同じく裏手農道側には石切りの楔の跡の残った岩盤もあります。天神様だった名残か白梅が咲いていました。